人生には、さまざまな境遇の巡り合わせが絶え間なくおこっているものだ。
どんな状況であれ、失敗したら、その状況を分析してみることだ。
そうすれば、どんな失敗にもそれに見合った利益の種が含まれているという深い真理に行き当たるはずである。
これは失敗が必ず熟した果実となって利益をあたえてくれるという意味ではない。
失敗には種子が含まれている、ということにすぎない。
それを見つけ出し、芽をださせ、豊かに実を結ばせるには
人それそれが目的をもって積極的に独創力を働かさなければならない。
後悔や苦い思い出、悔しさがあるなら、その中から自分や人々のためになる利益を
引き出すことを考えるのだ。それは必ずある!
失敗や不運が恵みとなるか災いとなるかは、その人の反応しだいである。
失敗や不運に見舞われても運命の手が別の手が別の方向へ行くように
合図をしたと受け取りくよくよと思い悩めば劣等感に襲われることになり、失敗は災いとなる。
反応の向きが問題なのだ。そして、どう反応するかは、いつでもその人に完全にまかせられている。
人を取り囲む状況には、個人ではどうともし難いものがあり、場合によっては失敗や不運につながることもある。
けれども失敗に対して自分にもっとも有利な形で対応しようとすれば、妨げられる状況などはありえないのだ。
失敗や逆境の中には、すべてそれ相応かそれ以上の大きな利益の種子が含まれている。