貧困と富は決して妥協することの出来ない関係にある。
貧困に向かう道と、富への道は正反対なのだ。
もし富を得たいと望むならば、貧困を招くようなことのすべてを拒絶しなければならない。
ここでいう「富」とは経済面、精神面、心理面、物質面、人間関係面、レジャー面、家庭面などすべてを含む広い意味で用いられている。
富への道の第一歩は、願望である。
貧困の不安は、心の状態以外の何物でもない。
しかしそれは、すべての人から成功のチャンスを奪い取り、
人生を破滅させるのに十分な力を持っているものである。
およそ不安というもは、すべての理性を麻痺させてしまう。
またすべての想像力を破壊し、すべての自信を喪失させ、すべての熱意を消し去り、
すべてのヤル気を失わせ、目標を粉砕し、一寸延ばしを助長し、
セルフコントロールの脳力を失わせる力を持っている。
次に揚げたのは、あなたも見ることのできる貧困の不安の兆候である。
1.無関心
これは一般には、「大志の欠如」とか「貧困を受け入れる寛容」などと言われているものである。
このようなあてがいぶちの生活こそが、無抵抗主義や精神的・肉体的に怠惰な人間をつくってしまう。
自発心や想像力の欠如、情熱や自律心までもなくしてしまう。
2.決断力の欠如
これは、自分で考えるべきことまでも、他人をアテにすることを言う。いわゆる「風見鶏」のことだ。
3.猜疑心
これは、自分の失敗に対して言い訳をしたり、弁解したりする習慣のことである。
多くの場合、これは成功者に対する悪口や批判として使われている。
4.苦労症
他人のアラ探しをすること、収入以上の浪費をすること、しかめっ面をしたり、
眉をひそめるといった表情を顔に出すこと、ときには酒びたりになり、麻薬に走ることもある。
神経質になったり、バランス感覚が欠落する。
5.過敏症
どんな状況でも否定的な面だけしか見ないという習慣を言う。
考えることも話すことも、成功の可能性についてではなく失敗の可能性についてだけだ。
失敗の道ばかり探していて、それを避ける道を探そうとしない。
また、どんな場合でも「時を待つ」ばかりで、最後まで行動を起こそうとはしない。
失敗者の例はよく覚えているものの、成功者のことは忘れ去っている。
ドーナツの穴ばかり見つめて、ドーナツ全体を見ようともしないのだ。
悲観主義者なのだ。悪癖などを誘発する。
6.一日延ばし
これは、一年前にもできたことを明日に延ばそうとする悪い癖だ。
四六時中、言い訳や弁解のことばかり考えている。
この兆候は、過敏症や猜疑心、苦労症と密接な関係がありそうだ。責任を回避しようとして逃げ回る。
簡単に妥協してしまう。困難に出遭うとすぐ挫折してしまう。決してそれと対決しようとしない。
自分をたった一ペニーで安売りしてしまい、財産も富も幸福までも放棄してしまう。
困難を克服しようとしないで、逃げ道ばかり考えるようになる。
自信をなくし、目標を不明確にし、自律心、ヤル気、情熱、希望をなくし、
理論的な思考力をなくしてしまう。
富は望まず、貧乏でいいのだと自分に言い聞かせている。
成功した人と付き合おうとはせず、落伍者とだけ仲間になろうとする。
病気への恐怖は、人間本来の病気に対する抵抗力を破壊してしまう。
そして病気を受け入れやすい条件を自らつくり出してしまう。
この恐怖はまた、貧困の恐怖と関連して、治療費、入院費などの心配ばかりするようになる。
この恐怖にとりつかれた人は、病気や死についての話で一日の大半を過ごし、墓地や埋葬費のための貯金をしようとしている。
病気への恐怖は、人間本来の病気に対する抵抗力を破壊してしまう。
そして病気を受け入れやすい条件を自らつくり出してしまう。
この恐怖はまた、貧困の恐怖と関連して、治療費、入院費などの心配ばかりするようになる。
この恐怖にとりつかれた人は、病気や死についての話で一日の大半を過ごし、
墓地や埋葬費のための貯金をしようとしている。
貧困の不安は心の状態以外の何物でもない。
しかしそれは、すべての人から成功のチャンスを奪い取り、
人生を破滅させるのに十分な力を持っているものである。
貧困の不安は、疑いもなく七つの不安の中で最も破壊的なものだ。
それが不安のリストの中で最初にあげられているのは、
克服するのに最も困難だからである。貧困の不安は、仲間をも経済的に破壊してしまう。
それは本能的なものであり、人間というよりはむしろ動物的本能なのだ。
動物には「思考力」がないため、共食いをすることがある。
人間には思考力や理性が備わっているので、仲間と実際に血を流し合いながら争うことはないが、
経済的にはやはり「共食い」をしているのだ。人間はあまりにも貪欲であった。
そのため、昔から経済的に身を守るためにあらゆる方法を考えてきたわけである。